
【PPAPが問いかけるもの】また誤送信が起きた~本当の犯人は「見えないゴリラ」だった~
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メール誤送信は「不注意」だけで片づけられる問題ではありません。
見えているのに認識できない。そこに、対策のヒントがあります。
はじめに
「確認したはずなのに間違えた」
メール誤送信の報告書や再発防止策では、こうした言葉がよく使われます。
宛先も確認した。添付ファイルも確認した。送信前に見直しもした。それでも誤送信は起きる。
メールによる情報漏えい事故に触れると、「なぜそんなミスをしたのだろう」と感じるかもしれません。
しかし、送信ボタンを押した直後に添付漏れに気づく、送信済みメールを見返して宛先の間違いに気づくといった経験は、特別なものではありません。
こうした失敗は、一部の不注意な人だけに起きるものではありません。
仕事に集中し、目的を達成しようとしているときにも起こり得ます。
近年は、パスワード付きZIPファイルをメールで送る「PPAP」の見直しが進み、メールの安全な運用について改めて議論されるようになりました。しかし、その議論の出発点にあるのは、実はファイルの形式や送信方法だけの問題ではありません。
どのような仕組みを選んでも、最終的には人が判断し、人が操作し、人が間違える可能性があるからです。
本シリーズ「PPAPが問いかけるもの」では、PPAPだけに焦点を当てるのではなく、メール誤送信がなぜ起きるのか、人はなぜ見落としや思い込みをしてしまうのか、そして企業はどのような仕組みや運用を考えるべきなのかを順に見ていきます。
その第一歩として取り上げるのが、認知心理学で広く知られる「見えないゴリラ実験」です※1。
この実験を手がかりに、人が見えているはずのものを見落としてしまう理由から考えていきましょう。
ゴリラは本当に見えなかった
認知心理学の世界で広く知られている実験があります。
参加者は、複数人がバスケットボールをパスする動画を見せられ、「白いシャツのチームのパス回数を数えてください」と指示されます。参加者は真剣に回数を数えます。
その最中、ゴリラの着ぐるみを着た人物が画面中央へ現れます。
しかも一瞬ではありません。堂々と中央を横切り、立ち止まり、胸を叩いてから去っていきます。
ところが、このゴリラに気づかない人が数多くいたのです※1。
ここで重要なのは、ゴリラが巧妙に隠れていたわけではないということです。
ゴリラは画面に映っていました。
それでも参加者の一部は、その存在に気づきませんでした。
視覚情報が画面に存在することと、それを意識的に認識することは同じではないのです。
この現象は「非注意性盲目」と呼ばれています。
私たちの脳は、目から入ってくる情報をすべて平等に処理しているわけではありません。目的達成に必要と判断した情報を優先し、それ以外の情報は無意識のうちに背景へ押しやってしまいます※2。
そして、この現象は実験室の中だけで起きるものではありません。企業の実務でも、驚くほど頻繁に起きています。
メール誤送信は「見えなかった事故」である
営業担当者が顧客へ見積書を送る場面を想像してみてください。
顧客からは「今日中にお願いします」と依頼されています。見積金額は正しいだろうか。提案内容との整合性は取れているだろうか。競合より魅力的な内容になっているだろうか。
担当者の頭の中は、その確認でいっぱいです。
ようやく資料が完成し、メールを書き、添付し、送信前のチェックも行う。そして送信する。
ところが数十秒後になって、「あれ、宛先が違う」と気づく。そんな経験は珍しくありません。
会議後の議事録送付で添付漏れに気づくこともあれば、イベント案内メールでBCC設定のミスが発覚することもあります。
こうした失敗には共通点があります。
担当者はメール作業そのものに集中していたわけではありません。顧客対応をしながら案件を進め、期限を守ろうとしていたのです。
人が一度に注意を向けられる範囲には限りがあります。
見積内容の確認に集中すれば、宛先の違いを見逃しやすくなる。報告内容をまとめることに意識が向けば、添付ファイルの有無まで十分に確認できない。本文を整えることへ集中すれば、BCC設定の誤りに気づきにくくなる。
画面にはすべて表示されていても、その瞬間に重視していない情報までは、十分に認識できないのです。
確認を行っていても、宛先、添付ファイル、BCC欄のすべてを同じ深さで処理できるとは限りません。
情報は画面上に存在していても、注意の向き方によっては、誤送信につながる違和感として認識されなくなります。
メール送信は、それ自体が最終目的ではありません。
顧客への回答や見積書の提出、会議内容の共有といった仕事を完了させるための手段です。そのため、意識はどうしても内容や期限へ向かいます。
すると、宛先や添付ファイルなど、送信の安全性に関わる情報まで注意が行き届きにくくなります。
これは第1章で紹介した「見えないゴリラ実験」とよく似ています。
実験では、参加者はゴリラを見ていなかったのではありません。パスの回数を数えることに集中した結果、画面中央を横切るゴリラを認識できなかったのです※1。
宛先の間違いも、添付ファイルの取り違えも、BCC設定の漏れも、後から振り返れば「なぜ気づかなかったのだろう」と思えるものばかりです。しかし、その情報が最初から存在していなかったわけではありません。
情報は消えていません。画面に表示されていても、注意が向かなければ、重要な違和感として認識されないままになるのです。
メール誤送信の多くは、「見ていなかった事故」ではありません。見えていたのに気づけなかった事故なのです。
実は集中している人ほど見落とす
ここまで読むと、「結局は不注意が原因なのではないか」と思うかもしれません。
しかし認知心理学の知見は、少し違う見方を示しています。見落としは、注意力が不足しているときだけに起きるわけではありません。仕事に強く集中しているときにも起こります。
大きな案件を抱えている。重要な提案書を提出する。障害対応で一刻も早く状況を報告しなければならない。
そうした場面では、仕事を成功させるために注意力が総動員されます。
その結果、いま取り組んでいる目的以外の情報に気づきにくくなります。
これは怠慢ではありません。むしろ真剣さの裏返しです。
つまり、見落としは仕事へ集中していないときだけに起きるのではありません。
集中する対象が明確であるほど、その周辺にある情報へ注意が届きにくくなります。だから仕方がないという話ではなく、人間の注意の特性を理解しないまま「もっと注意しよう」と繰り返すだけでは、対策として十分ではないということです。
誤送信は、注意力が足りなかった結果だけでなく、注意が業務上の目的へ集中した結果としても起こります。
この視点が、対策を考える出発点になります。
なぜ二重チェックでも防げないのか
企業では、誤送信対策として確認の徹底が求められます。確認は重要ですが、回数を増やすだけで見落としがなくなるとは限りません。同じ人が同じ目的と前提を保ったまま見直すと、注意の向き方も変わりにくいからです。
確認するときにも、「正しく添付したはずだ」「正しい相手を選んだはずだ」という前提が、情報の受け取り方へ影響します。
例えば、添付したつもりでメールを読むと、本文と自分の記憶が一致しているため、添付欄を改めて確かめる意識が弱くなります。確認項目を目にしたことと、誤りを探す視点で確認できたことは、必ずしも同じではありません。
確認回数を増やすことには意味があります。
ただし、見方が変わらなければ、同じ箇所を繰り返し見落としかねません。
必要なのは、重要な情報へ注意を向け直し、普段とは異なる視点で確認できるよう支えることです。
ドッペルゲンガードメインは現代版「見えないゴリラ」
ここまで見てきたように、人間は見えているものを必ずしも正しく認識しているわけではありません。
この認知の特性は、メール誤送信だけでなく、メールセキュリティ上の脅威にも関係しています。
その一例が、ドッペルゲンガードメインです。
ドッペルゲンガードメインについては別コラムで詳しく扱っていますが、ここでは、正規の企業ドメインとよく似た文字列が、見間違いや思い込みを誘う例として考えます。
一文字の違いや、数字とアルファベットの置き換えは、文字列を意識して比較すれば発見できます。しかし、実際の業務中に、すべてのメールアドレスを常に一文字ずつ確認することは容易ではありません。
人はメールアドレスを、いつも一文字ずつ厳密に確認しているわけではありません。
相手の名前、過去のやり取り、メール本文の流れ、ドメイン全体の印象などから、「いつもの相手だろう」と判断しがちです。
その結果、画面上に不自然な文字列が表示されていても、危険な情報として認識できないまま読み進めてしまいます。
これは、第1章で紹介した「見えないゴリラ」とよく似ています。ゴリラは画面に映っていました。
ドメイン名も画面に表示されています。それでも、注意が別の目的に向いていると、人はそれを見落としてしまうのです。
したがって、メールセキュリティ対策では「もっと注意しましょう」だけでは限界があります。
社員教育や注意喚起はもちろん重要ですが、人間の認知の限界を前提にすると、それだけに頼るのは現実的ではありません。
必要なのは、注意喚起に加えて、重要な情報へ注意を向け直せるよう確認を支えることです。
外部ドメインの表示、宛先や添付ファイルの確認、BCC変換などは、利用者を疑うためのものではありません。
メール作成中に見落としやすい情報を改めて目立たせ、送信前に立ち止まるきっかけをつくるものです。
どの防御策をどう組み合わせるかは今後のコラムで扱いますが、本コラムで押さえたいのは、確認を本人の注意力だけに任せないという視点です。
経験や能力にかかわらず、注意の対象から外れた情報は見落とします。
だからこそ、見落としを前提に確認を支える必要があります。
それでも誤送信はなくならない
見落としを前提に対策を整えても、すべての誤りを送信前に発見できるとは限りません。
では、送信前には気づけなかった違和感へ、なぜ送信した直後になって気づくのでしょうか。
この「あっ」という瞬間は、見落としとは別の問いを投げかけます。
画面上の情報は同じなのに、送信という行動の前後で気づき方が変わるのはなぜか。
次回コラムでは、行動後のエラー検出や自己モニタリングの研究を手がかりに、その時間差を考えます。
本コラムで見てきたのは、画面に表示された情報でも、注意が向かなければ認識できないという人間の特性です。
この特性を理解すると、誤送信を「確認しなかった人の問題」として終わらせることはできません。
まず必要なのは、どの情報へ注意を向け直すべきかが分かる確認です。
そして、送信前の確認をすり抜けた場合まで含めて考えるには、気づきが生じるタイミングそのものを理解する必要があります。
見落としがなぜ起きるのかを理解することは、対策の結論ではなく出発点です。
次回以降では送信直後の気づきや、個人の注意に頼らず事故を途中で止める安全設計を考えていきます。
まとめ
見えないゴリラ実験は、単に「人は不注意である」と結論づけるための研究ではありません。
特定の課題へ注意を向けると、目立つ刺激であっても認識されないという人間の特性を示しています。
メール誤送信も同じです。宛先は見えていた。添付ファイルも見えていた。それでも認識できなかった。
そこに、単なる注意喚起では解決できない難しさがあります。
だから必要なのは、見落とした人を責めるだけで終わらず、注意の特性に合った確認を考えることです。
「もっと注意しよう」だけで終わらず、「人は何に集中し、何を認識しにくくなるのか」を考える。
その視点の転換が、メール誤送信対策を次の段階へ進めます。
注記・参考文献
※1 Simons, D. J., & Chabris, C. F. (1999). “Gorillas in our midst: sustained inattentional blindness for dynamic events.” Perception, 28(9), 1059-1074. PubMed: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/10694957/ および著者公開PDF:
http://www.chabris.com/Simons1999.pdf※2 非注意性盲目の研究動向と限界については、Redlich, D., Memmert, D., & Kreitz, C. (2021). “A systematic overview of methods, their limitations, and their opportunities to investigate inattentional blindness.” Applied Cognitive Psychology, 35, 136-147.
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/pdf/10.1002/acp.3746本コラムでは、実験結果を人間の認知特性を理解するための代表例として扱っており、実社会のすべての見落としを同一現象として断定するものではない。

